経営

素人発想の重要さ

今回は、市場を見るときの顧客視点についてのお話をします。ここで、顧客視点というのはどのようなことかを少し考えてみたいと思います。私達は、普段の仕事の中では、技術用語やスペックなどでお話をすることが非常に多いと思います。また、学会で発表することやサプライヤと打ち合わせを行う場合は、何も問題ない世界です。しかし、顧客視点ということを言われ、外に目を向けると、その尺度で見ていることが非常に多いのではないでしょうか。

 一般の顧客にとって、このスペックは、あまり大事なことではない場合があります。例えば、テルモのインスリン用の注射針を挙げると、次のようになります。長さ20ミリメートル、外径200マイクロメートル、穴の直径80マイクロメートルといった具合です。このようなスペックは、注射針を実際に使う立場の患者さんにとって、どうでもいいことかもしれません。どちらかと言えば、毎日糖尿病の治療にインスリンの注射をするのが苦痛であり、この苦痛から開放されることが最大のベネフィットです。つまり、『痛くない注射針』の『痛くない』がベネフィットです。

この痛くない注射針のコンセプトが出来た裏舞台の話ですが、蚊に刺された時は痛くない。ならば、蚊の針のサイズの注射針が出来れば、痛くない注射針ができるはず。正に素人発想です。これを通常の注射針の製法のように、ステンレスの管を引き伸ばしてでは、針を製造することはできないので、ご存知、岡野工業では、プレスで板を丸め、極細の痛くない注射針を作り上げたのです。この製作面では、蚊の針をスペックに落としこみ、微細加工技術を使い匠に作り上げた、玄人実行です。小職の場合でも、玄人として考え、素人として実行してしまい、結局何も出来なかったという経験もあり、『素人発想』『玄人実行』ということに習うものもあると思います。また、このような芸当ができるのも、技術者でならではということも事実です。

このような顧客のベネフィットを探すために強制的な取り組みを行っている企業もあります。例えば、松下電器産業では『ぶらぶら社員』といって、会社の仕事は一切せずに自分で自由に何か見つけるような人が数人います。ここでは、自分の製品を自分で使ってみたり、使われている現場をみたり、いろいろな取り組みを必然的にやり始めます。もともと技術魂を持っている人間ですから、物事を捉える視点が変わり、いろいろなことに気付き、ぶらぶら社員の任期が終わる頃には、いろいろなアイディアをもっていたりします。このアイディアを元に新しい製品コンセプトを作りあげていきますので、超成熟市場のシロモノ家電であっても、新製品を出せる秘訣だと思います。

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偶然の発見が必然に変わるとき-セレンディピティー-

科学技術の発展も、産業の発展も同じように、なんらかしらの幸運な偶然があるように思います。その影には大きな努力の中で、偶然の発見から技術が急速に発展することや、大きな産業へと成長していくことが殆どではないでしょうか。この偶然なる発見を『セレンディピティー』ということがあります。

このセレンディピティーという言葉は、ノーベル化学賞を受賞されました白川英樹先生の導電性の有機化合物の発見や、ノーベル物理学賞を受賞されました小柴昌俊先生のマゼラン星雲の超新星爆発に伴うニュートリノの発見などのインタビューで使われたことを覚えている方もいらっしゃると思います。この『セレンディピティー』という言葉のルーツは、18世紀にイギリスの作家ホーレス・ウォルポールが、お伽話の『セレンディップの三王子』を読んで感銘し、それから偶然による大発見をセレンディピティーと呼ぶことにしようと友人への手紙の中で使用したのが最初のようです。

このセレンディピティーが訪れるには、どうもいくつかの共通点があるようです。その条件とは、つぎのようなものです。

問題意識を常に持ち続け弛まぬ努力をすること

・固定観念に捕らわれず物事を理解すること

・いいものや悪いもの、簡単なものや複雑なものも観察すること

セレンディピティーを高める方法は、

・ものごとをMECEに捉えること

・好奇心を以って、より多くの経験をすること。または、多くの人々に会うこと

・意外なところに新たな使用用途や需要があるということを知っていること

このように心がけ一つで偶然の発見が多くなり、偶然がやがて必然に変わることでしょう。

参考図書

    感動開発の伝承 太田文夫

    成功の絶対法則「セレンディピティー」 宮永博

    セレンディップの3人の王子 エリザベス・ジャミソン ホッジズ

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漢方に学ぶ経営組織論

漢方の考え方と組織における状況は非常に似ている要素があると思います。

漢方の考え方は、『君薬、臣薬、佐薬、使薬』という薬がそれぞれの役割りを果たす。

「君」とは、その病気の主たる治療法。サッカーで言えば、ストライカー、政治で言えば総理大臣といったところです。

「臣」とは、主たる治療法を補佐し、効力を高めるもの。これも例えるならば、ミッドフィールダーや各担当大臣に当たります。

「佐」とは、主たる治療法が強さに伴う弊害を取り除く役割りをします。例えば、薬の強さによって起こる副作用や発熱を抑える役割を担います。

「使」とは、君・臣・佐それぞれを特定の場所に伝える方法。血液で伝える、神経で伝える、経絡で伝える、リンパで伝えるなどです。企業の理念や情報の流れの、伝達経路といったところになります。

以上4つのことが1つでも欠けていると、その治療は効果がなく、疾患を治癒させることはできません。

 企業の効率を考えると、ついつい競争させることや、ストライカーを育てたくなるのですが、業を実行するとなると思うようにことが進まないということにも度々遭遇します。組織の設計も漢方薬と同じような部分があるのではないでしょうか。

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MOTとは

 最初にMOTとは何かというお話をしたいと思います。MOTは、Management OF Technologyの略で、日本語にすれば、技術経営です。端的にいえば、次のような定義になります。

「技術に立脚する事業を行う企業・組織が、持続的発展のために、技術が持つ可能性を見極めて事業に結びつけ、経済的価値を創出していくマネジメント」

 日本における政策は、資源小国であるわが国のとるべき姿の一つとして、「科学技術創造立国」を標榜してきました。スイスIMDの2003年版国際競争力年鑑によれば、わが国のGDPに占める研究開発支出比率、特許取得件数ともに世界第1位です。しかし、それが産業となり、企業の利益に結びついていないということが大きな問題となっているのも事実です。そこで、経済産業省は、MOT人材の育成の促進を図ることが重要な位置づけと考え、2002年よりMOTプログラムを推進し始めました。

日本では、新しい領域のようにも思えますが、その研究自体の歴史は古く、1962年 MITスローンスクール(ビジネススクール)の研究分野「Management of Science and Technology」が発端となっています。また、教育プログラムとしては、1981年 MITスローンスクールの修士課程「Management of Technology」コースが最初になります。この考えが基礎になっているのは確かですが、これに日本的な強みを加えたものとして、日本のMOTプログラムは生まれ修正されています。

さて、本題に入っていきますが、研究開発のうまくいかない状況を『デスバレーに落ちる』といった表現をすることがあります。ここでいう『デスバレー』とはどのようなことでしょうか。

この言葉のルーツ探っていくと、NISTの「Between Invention and Innovation」という報告に辿りつきます。この報告では、インベンションフェーズからイノベーションフェーズに移る段階で、多額な費用が必要となり、投資家や経営者から出資を受けられず、研究開発が頓挫することがあります。このような状況をバーン・エラーズ下院議員は、『デスバレー』というドラマチックな言葉で表現しています。また、ブーズ・アレン・ハミルトン社のジェラルド・アドルフによれば、デスバレーの状況を次のように分かりやすく説明しています。

「デスバレーとは、経営者が『君たちは何をやるつもりなんだ、何をやっているんだ、私にはどのようなメリットがあるのだ』と問う段階にまで資金の要求額が増えた状況を指す。但しその時点では、まだ十分な進捗がないために、その質問に答えることはできない。もし幸いにも質問に答えることができたならば、それはすでにデスバレーを乗り越えたということであり、答えられないなら、正に谷のまっただ中にいるということだ。」

デスバレーの克服には、技術的成果が商業製品に応用できることを自らが、分かりやすい技術で実証し、投資家や経営者に理解してもらうことが必要となります。さらに、その構想を十分な高機能、低コスト、そして高品質な商品に展開し、市場競争力のある形で実現しなければならず、その為、かなりの量の困難な研究開発が必要となります。

同様にインベンションフェーズからイノベーションフェーズへ移る段階を『ダーウィンの海』といった表現をすることもあります。『ダーウィンの海』では、科学技術系企業とビジネス金融企業という安定した陸地の間には海があり、そこには、ビジネスと技術のアイディアが生まれては淘汰され、大小の魚が生存競争を繰り広げている状況を表しています。その中で生き残るには、しっかりとした将来の需要を見据え、創造力と機動力と忍耐強さを持って研究開発に成功できたものということになります。

「いかにして、このフェーズを乗り越えていくか」ということを実現するのがMOTの領域です。

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石油が高騰する訳

 『石油は枯渇する』。良くメディアで見かけるフレーズだ。

 石油業界の調査では、1兆ガロン採掘された時に、2兆ガロンが埋蔵量として、楽観論と悲観論が交差し論議されていた。ところが2000年に埋蔵量が、改定され3兆ガロンに変更された。ここまでは、従来工法によるところである。更に、採掘の為の新工法も開発され、埋蔵量自体は、6兆ガロンに近い。つまり、当面は枯渇の必要はないということだ。

 中国の需要による影響については、石油輸出国でOPEC加入国分の採掘可能量を考えても、2030年になっても採掘可能な状況である。また、新工法による採掘可能率を37%まで改善すると、当分は問題ない。

 採掘コストは、採算性の変化に目を向けてみると、中東エリアで5$/ガロンであり、石油会社のマージンを含めて、OPECでコントロールできる価格は20$/ガロン程度である。現在の120$/ガロンであることを考えると明らかに、コントロールできうる範囲を遥かに超えている。

 ではなぜ、このようなことが起きているのか。間違えなくいえることは、アメリカの影響を大きく受けていることは事実である。考慮するには、アメリカの事情を調べることが重要なことである。現状のアメリカの石油産業の主な状況は次の通りである。

・原油備蓄量は、3.5億ガロンで、1980年以降殆ど変わらない。

・製油所のキャパシティーに対し、稼働率は90%程度で、飽和状態が続いている。

・末端のガソリンの保有量は、年々減少してきており、以前は、2.5億ガロンあったことに対し、1.5億ガロンを切る勢いである。

 上記のことを考えると、製油所のキャパシティーが飽和しており、末端の備蓄量の減少から、品薄基調になっていることが分かる。つまり、ガソリンの備蓄弾性力が低下しているということである。ここで、台風の襲撃、湾岸危機、天然ガス等の高騰などの外乱要素が入ると、先物市場は敏感に反応し、値を簡単に値を上げる構図である。

 石油産油国では、自分たちではコントロールできないところで、石油の価格が上がる構図になっており、うれしい悲鳴である。こまっている訳ではないので、積極的に安値に動くように働きかけることはなく、アメリカ政府も資本主義の原則における自然な現象なので、介入はしない状況であり、当面はこの状況が続くことが予想される。

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MBAが受け入れられない訳

 最近MBAのブームも過ぎ去ったのでしょうか。

 日本企業に於いては、MBAが受け入れられない状況も結構あるようだ。ここで、何故かを少し考察したいと思う。MBAでは、財務を中心に最適化する手法について、高度な専門教育を受けており、いろいろなツールとコミニュケーション力を身につける訳である。

 ここで、サッカー選手で海外で活躍されている中村俊介選手の話を取り上げよう。中村選手の中学校時代は、マリノスのジュニアユースで紛れもないエースであった。中学校を卒業し、高校へ進んだ時ユースに上がれない次期があったそうだ。この次期「俺の方が絶対うまいに何故あがれない」と苦悩した。個人的な技術としては、確かに上のものがあり、ヒールパスなどは、秀でたものをもっていた。しかし、この頃のユースのチームが目指していた方向とは、明らかに違っていた。この自分の位置とチームの向かう道との差に気が付いた瞬間であった。こういった面でも中村選手は天才であったのであろう。

 ここで話を元に戻すと、素晴らしい技術を身につけたMBAであっても、その企業が向かおうとしている方向と見当違いのことをやろうとすると大きなフリクションが生まれる。財務的な指標だけでは会社は動かぬものである。そこで働く人々への配慮と会社の向かおうとしている先への配慮があって、初めて機能するものである。結局、習った理想論を現実の世界に生かすことはできず、その企業文化や国の文化、更にはそこで働く人への適合する能力が一番重要ということになる。

 ゲーテの言葉のように「愚者と賢者は害がないが、半端な愚者と半端な賢者は一番危険である」となってしまう訳である。

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エコドライブと石油高騰

 GW中の高速道路を走行して気付いたこと。

 関越道や第三京浜などは、道路が直線であり非常に走りやすい道路です。夜中の12時過ぎであれば、法廷速度走っていても、気持ちよく追い越してゆくことがしばしばあったと思います。また、法廷速度100km/hの道路で、平気で80~90km/hで走行している車が多いことに対しても驚きです。

 最近は石油の高騰で、燃料費も馬鹿にできなくなってきているのも事実。また、エコドライブなども世の中に浸透してきたとの見方も出来ます。

 ここで車の省燃費について考えてみると、無駄な加速をしないこと。そして、一番効率のいい速度で運転することです。そういうことを考えると、高速道路での走行速度では、効率的な運転速度で、最低速度違反にならなければ良いということになります。しかし、追い越し車線も同様な運転をしていることが散見しており、早い車は、これに影響を受けることになります。ここで、走行車線を命一杯使って、追い越しをしてゆく車もあり、非常に危険な状況です。

 また、このような無理な追い越しでブレーキを掛けるようなこともあり、後続車も連鎖的に速度を落とすことになります。容易に渋滞発生のメカニズムの仮説が出来上がり。エコドライブも必要ですが、同様にマナーの教育も必要ではないでしょうか。

 自動車は、自分の思うがままに移動できる便利で有用なものですが、エコの前に、安全が第一です。その次にエコドライブを心がけると安全快適なドライブライフが過ごせることでしょう。

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雑草に学ぶ経営哲学

 五月晴れの空をこいのぼりが元気よく泳いでおりますが、植物にとっても活発に成長する季節となってきました。庭には、芝類やヨモギ等の雑草が、すっかり芽吹いております。このシーズンに雑草をとっても直ぐに新たな芽が生え、瞬く間に成長してゆきます。

 これは、会社に於ける問題発生と良く似ており、どのような対処をするかで、その先どうなるかが変わって来るのです。例えば、雑草の除去方法をとりあげますと次の様なものがあります。

Ⅰ.手でや機械で物理的に除去する方法

Ⅱ.除草剤で化学的に除去する方法

Ⅲ.土壌改質による雑草の生息環境を制御する方法

Ⅳ.シート等を使い日光を遮断する方法 など

ここで、問題の根源と今後どのような方向にするかで大きく対処方法が変わります。

Ⅰについては、ある種のいたちごっこになりやすく、本来の意味での改善に繋がらないことが良くあります。根は完全に取れませんし、種は、風で飛んできます。

Ⅱについては、作業的には簡単ですが、長持ちはしません。また、他の生態系へのインパクトが非常に大きいです。思わぬところで、雑草ではなく、植木まで枯らしてしまうようなこともあります。

Ⅲについては、土を掘り起こし、石灰を混ぜて行きますが、とにかく手間がかかります。ところが、春場にしっかりとした土壌を改質できれば、夏場はそんなに苦労することはありません。植木などもアルカリ性に対応したものでなければ、ならず使える場所は限定的になります。

Ⅳについては、シートを敷いて対応しますので、その場所が使いたくなったときには、シートを外せば直ぐに使用できます。但し、シートの下には虫など巣窟になる可能性があります。

 このように、完璧な手段はありませんが、この先どのようにして行くかで対策方法が変わります。近視眼的には、ⅠやⅡの方法をとってしまう事も多く、なかなか本質的に解決しない場合も多いのが実情です。ここは、一つ問題の発生原因の取り巻く環境に目を向けてみることも重要ではないでしょうか。

 企業内においては、問題発生のメカニズムを即座に察知し、問題を引き起こす組織構造や、そこにいる人々のマインドに注視することにも似ています。組織の体質を改善するのがⅢ、情報の流れや組織構造を改善するのがⅣといったところでしょうか。

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